地デジ、映るの4チャンネルか。テレビの故障かと、真剣に何度も確かめてもたわ・・・
キリスト教保育連盟の関係集会への出席が初仕事。子どもへの保育者の接し方の、理論から実践に至るまでの講演を聴いたが、これってまんま他者論であり、牧会論じゃないかと、「またしても」納得。というのも、前任地でも保育理論や実践の話を聞くたびに、はたと膝を打ったから。
幼児という極端への収斂によって、人間論は先鋭化され、配慮は究極の選択を迫られ、福音の人間存在との関わりへの簡潔な理解が求められ。他者への鋭い切り込みであり、あらゆる無駄をそぎ落としつつ、しかもあらゆる迂回をも躊躇わぬ。保育者ってすごい。
わたしが教会で高齢者と接するのが好きなのは(あまり負担にならないのは)、前任地でも幼稚園での修練を与えていただいたからだと思う。ある世代への集中という意味において。ある世代への集中的思索が、逆に広い意味での人間一般への考察を開く契機となることもあるのだ。