自罰から赦しの光浴びる場へ

 昨日、潜った臨床牧会学講義。次週までに遺書を用意してこいと宿題。何を言い遺そうか…
 キャンディーズのスーちゃんが亡くなったらしい。姉がキャンディーズピンクレディーと大好きだったなあ。
 洗足木曜日礼拝に出られてよかった。ヨハネ福音書から信徒により受難箇所が順次賛美歌と交代で朗読され、干からびた具のないお好み焼きみたいなパンを裂いて、厳かに聖餐式が執り行われた。いつもの配餐ではなく、裂かれたパンを牧師から直接拝領。イエスよりパウロのパン裂きを思った。
 パウロはなぜ「主の死を告げ知らせるのです」と語ったのか。なぜ「主の復活を告げ知らせるのです」あるいは「主の死と復活を告げ知らせるのです」とは語らなかったのか。何通も書いた手紙の一通の中で、たまたまそういう言葉遣いになっただけか。そのときはそんな表現にしたかっただけなのか。
 たった一言からあんまり深読みし過ぎるのもよくないが、ひょっとするとパウロはその時もなお「あいつらを迫害してしまったなあ」という後悔、すなわちキリストそのものを殺したに等しい後悔を、ずっとひきずっていたのかもしれない。
 実際にパウロがキリストを殺したわけではない。だが、主の死を告げ知らせることは、自分が殺したのだと告げ知らせるという自罰的な表現だったのかもしれない。キリスト教徒を迫害したことを、多くのキリスト者の死に間接的にせよ加担したことを、深く悔い続ける生涯。
 そこに、キリストの光が、十字架から破れ出す復活の光が照らしたのかもしれない。彼はそこに賭けて、同じように自罰に苦しむ隣人に罪と赦しの福音を語ったのか。そんなことを、固く渇き、ぽろぽろ崩れるパンを口に突っ込みながら考えていた。