どこで、どのように語られたか

 井筒俊彦訳、『コーラン(中)』、岩波書店、1964を読了。
 “それから、お前たち、啓典の民ユダヤ教徒キリスト教徒)と論争する場合には、立派な態度でこれにのぞめ。と言うても、特に不義なす徒輩を相手にする時は別だが。こう言っておくがよい、「わしらは、わしらに下されたものも、お前がたに下されたものも信仰する。わしらの神もお前がたの神もただ一つ。わしらはあのお方にすべてを捧げまつる」と。”(コーラン二九「蜘蛛」四五)
 “ギリシア人は打ち負かされた、この国のすぐ近くで。だが、一度は負けても、またきっと勝つ・・・・”(コーラン三〇「ギリシア人」二)
 コーランの、どこに重きを置いて読むかによる。ときに論争において舌鋒鋭くユダヤ教徒キリスト教徒を罵倒する。しかしまた、同じ神を信じる者として礼を失せず対するようにも薦める。ギリシア人とはビザンティン帝国のことである。ゾロアスター教徒ササン朝ペルシアにビザンティン帝国が敗れた際、ムハンマドは、同じ神を信じるギリシア人たちが神から見捨てられるはずはないと信じた(啓示を受けた)。わたしのちっぽけな世界史の知識では、ムスリムとクリスチャンが積極的に政治的協定を結んだことがあったのかどうかは分からない。だが少なくともコーランにはその可能性は語られている。