隣人に成ってもらう

昨日は結局、午後からの配達中に動けなくなり、19時半頃に早退。残した郵便物は他の人が力強く引き受けてくれた。帰りに駅前の診療所に寄る。座っていられないほど辛い。39度あったので、点滴と坐薬で応急処置。安心のあまり、点滴中に寝てしまい、閉院する医師に起こされる。
どうにか熱は下がった。あさっての出勤までに身体をもとにもどさねばならない。ポストと茂みに隠れてうずくまるのはご免だ。
だがある豪邸の前でうずくまっていたときは、「大丈夫ですか。休んでいかれますか」と、玄関で横たわら呉れた上に、水やスポーツドリンクまで出して呉れた方もあり。サマリア人*1とはこのことか!と、今になって思う。

*1:ルカ10:30以下“イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」”