気持ち良く超越しゆく

ドラァグクイーンマーガレットの世界に誇る日本のオネエ』 MSN Japan - ニュース, 天気, メール (Outlook, Hotmail), Bing検索, Skype
簡潔で鋭い。“名前はものの差異を示すもの。名づけは、違いを取り上げて切り離していく作業なワケ。”“違いばかりに気を取られて分断されていくよりも、差異を超越して繋がっていく方が幸せだ。” こうした表現に、当事者性というか、迫力を感じる。マーガレットさんというドラァグクイーンの人らしい。


今日、礼拝中に、ぼんやり考え込んでしまった。他者のために何かを願う、ことに他者の変化を願う場合、それがこちらの勝手な願望に過ぎないことがある。
さりとて、「他者なんだから、ありのままで」という美辞のもと、他者に何の願いも抱かず、究極的には他者に無関心となるのも、どうなのかと。
夜になっても、また考えた。前任地での牧会は、他者に関わろうとする→余計なお世話になる、の連続だったのではないか。それを正当化するわけではないが、「そっとしておいたほうがよい」「神に委ねよう」ということで、無関心が常態化するのも、また問題ではないのかと。
誰かに何かを希望することは、余計なお世話や単なる押しつけと、他人に対する諦めや無関心とのあいだの、揺れ動く緊張だ。