対話における「いなし」

剣道をやっていたとき、先生から「いなす」ことを教わった。相手の剣尖をいなす。体を大きくよけて避けるのでもなく、相手の剣を跳ね飛ばして自身の剣を突き出すのでもなく、相手の剣尖をするりと流す。相手はそのまま流れ去る。わたしが先生をいくら攻撃しても、すべていなされる。攻撃し返されたわけでもないのに、圧倒的な強さを感じたものだった。
人と人との衝突において、この「いなし技」が活かされたら。相手を傷つけずかわし、自身も傷を受けないような衝突。お互いがお互いの棘をいなしあえたら。仮に傷つけあうにせよ、その傷が最小限に抑えられるかもしれない。
いなす技は、相手を適当に無視することではない。剣尖の流れを見極めなければ、いなすことはできない。相手の棘そのものを直視しつつ、しかもなお真正面で受け止めるのではなく、すなわち棘に苛立つのではなく、棘の流れ/文脈、すなわちそこにどんな想いが込められているのかに注意を向ける。衝突に際してのいなし技。