他人を知りたい

赤木善光著、『イエスと洗礼・聖餐の起源』、教文館、2012を読了。比較的分厚い本だったが、一気に読めた。とくに最後の「井上良雄と東神大紛争」は、著者自身渦中にある者として、文学的に面白かった。
赤木は、本書の冒頭で、荒井献や八木誠一らの生活の座というか、思想の背景にある彼らの生い立ちに焦点をあてる。もしそれだけなら、ある意味不公平である。では赤木善光自身は何者か、ということになる。しかし井上良雄を扱った評論においては、彼は極端とも言える井上否定を、森野善右衛門の井上への高評価を契機に始めている。それまでの、どちらかといえば学問的中立性を保った文体とは明らかに異なっている。赤木は明らかに学問的中立の衣を脱いで、今度は自身の生活の座を読者に曝している。本書の冒頭で荒井らの生活の座を覗いた赤木は、最後に自身の生活の座を露わにするのである。
最初に荒井らの生活の座を探り、最後に自身の生活の座を露わにすることで、本書は文学的な統一性を保っている。なぜ赤木がこれほどに他人の見解、そして他人の見解の「出所」にこだわるのかが、最後まで読んでみてよく分かる。東神大の大学紛争における挫折感、それは一見ネガティヴな動機付けにも見えるが、しかしこのような動機が、赤木をして異なる立場の人々への深い洞察や研究へと至らしめていると思われる。わたしは関西の大学の神学部を出たものである。当然、その教派なり文化の影響を受けているだろう。もしも赤木に真正面から挑戦するというなら、わたしも赤木がやったように、自分の圏内の仲間のことだけではなく、自分と異なる出自の相手を研究しなければならない。
赤木が大学紛争時代に味わった苦々しい体験に比べれば、わたしの今の営みなど大したことはないかもしれない。しかし、わたしもまた、人事をめぐって、そうかんたんに対話は成立しないこと、異なる立場の人間同士がいったん誤解を抱いたら、取り返しのつかない暴力的な結果を生むことを、身をもって知った者でもある。大学紛争のように社会的なものではなく、きわめて個人的な、小さな体験に過ぎないけれども。しかし、それでも、他人を知ろうとし、しかも知りえず、痛みだけが残ってしまった赤木の挫折感と、そこから「他者の思想」をどうしても知ろうとして止まなかった赤木の研究意欲には、涙が出るような共感を覚えるものである。このような人の講義を受けてみたかったとさえ思う。(もちろん母校の先生方の講義は今のわたしのなかに生きているが)
本書のなかで、井上良雄の連れ合いである仲町貞子の随筆の一文が引用されているのだが、これが美しい。孫引きしておこう。“私はときどき教文館へ行く。二ヶ月に一度くらい行く、ここへ来ると私はいいようなく慰められる。亡き母の霊がここのどこにも一杯あるという感じがする。柔らかく暖かい真綿の衣を着せられた快さをおぼえる。不思議なほどだ。何故ぞと聞かれても困る。ただ朝夕に母の語ったキリストの言葉を書かれた本があるというだけである。・・・三十路も過ぎた私である。家の者はみんな笑う。誰かに、この話を私がしたならば、みな同じことをいうだろう。では教会に行けばいいではないかと、でも私は道を説く物強い顔が何とも私にはたまらない。母を汚されたようにさえ思う。私の最大の慰めは、キリストを語った母であり、キリストを信奉した母である。母よ、私の永遠の希望であり慰安である母よ。私は風侘しき日があればまた教文館を思い訪ね行くであろう。”(同書、450頁の赤木の引用)
赤木はこれを、信仰と対決していないという批判的・否定的な文脈で引用しているが、関西の神学部の、独特のアンニュイな雰囲気の中で学んだわたしには非常によくわかる感覚である。いつか赤木に、この雰囲気について話ができたらいいのだが。ちなみに、おのぼりさんのわたしは、このあいだ生まれて初めて銀座の教文館に出かけたが、そこで見聞きした空気は、まさに仲町貞子が描いているようなそれであった。神戸の元町にあった洋書店を思い出していた。